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サッカー

サッカー日本代表でヤタガラスが使われた理由!関係を調べてみた!

投稿日:2018年9月21日 更新日:

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今年2018年はサッカーワールドカップが開催されましたね。

私はスポーツ観戦が大好きなので深夜にキックオフでも関係なくサッカーを見ていました。
そして翌日は仕事中に眠気との戦いに…(笑)

そんなワールドカップを見ていた時に日本代表選手のユニフォームを見てふと気が付いたことが…

「日本代表のシンボルってヤタガラスだけど、なんでヤタガラスなのだろう?」

今まで特に気にしていなかったこともこのブログを運営してから色々と気になるのです。
早速調査してみると、ある人物が深く関わっていたことがわかりました!

管理人
ということで今回はサッカー日本代表とヤタガラスの関連性となぜ採用されたのかをご紹介していきます!

サッカー日本代表のシンボルがヤタガラスな理由

日本代表選手のシンボルとしてヤタガラスが使われた理由について調べみると確固たる正解がない状況です。

というのもヤタガラスが採用されたのは今から80年近く前の1931年です。
戦争が終わる前の時代ということもあってその歴史は長いのです。

そこでヤタガラスが採用された理由として有力と思われる説があったのでご紹介します。

中村覚之助により日本にサッカーが広まる

時は遡り1902年の日本。
東京高等師範学校に在籍していた中村覚之助という人物がいました。

今でこそサッカーは大人気のスポーツですが、昔は知名度がとても低くマイナーなスポーツだったそうです。

1873年に初めて日本でサッカーが広まったのですが、中村覚之助が現れるまではルールはむちゃくちゃでラグビーと何が違うのかわからないと言われる始末。

そこで彼は正しいサッカーを広めようとアメリカの公式ルールを翻訳してきちんとしたルールを理解した上で1902年にアメリカ式蹴球部(今でいうサッカー部)を作りました。

未だ誰も興味を持たずに誰もやろうとしなかった正しいルールでプレイするサッカーを広めた中村覚之助。
そんな彼はなんと29歳の若さでこの世を去ることに…。

彼はサッカー部を設立して数年しか経過していませんでしたが、残された部員達は彼の偉大な功績を称えようとある計画を実行に移します。
それは日本サッカーのシンボルを作ることです。

当時日本以外の国ではサッカーは当たり前のようにプレイされており、国民誰もがそのルールを知っていました。
しかし日本はこのようにサッカーが遅れて発展していったことでルール以外にも取り残されてしまうことが多かったのです。

その1つとして日本にはサッカーのシンボルがなかったのです。

今でこそ各国にはかっこいいシンボルがたくさんありますよね。

1876年に創立されてヨーロッパで一番歴史が長いウェールズのエンブレム↓↓

引用元:http://www.stmargaretsburyfc.com/page/2/

それが昔の日本にはなかったのです。
まあサッカーのルール自体が曖昧だった当時からすれば当然シンボルなんて作ろうと思わないですよね…(汗)

そこで海外を真似てシンボル作りを始めることに。

日本サッカーのシンボルが初めて図案化される!

1931年、東京高等師範学校の教授だった内野台嶺を中心としたメンバーによってシンボルが発案されました。

内野台嶺は生前の中村覚之助と同じ部員仲間で彼は中村覚之助のことをとても尊敬していました。

そこで中村覚之助の出身地である和歌山県那智勝浦町の宮神社のシンボルであるヤタガラスを取り入れてみてはどうかと考えました。

彼は大日本蹴球協会(今でいう日本サッカー協会)を設立に協力し、その発案をもって彫刻家の日名子実三によりデザイン化。
1931年に日本サッカーのシンボルであるヤタガラスが採用されることになりました。

そしてユニフォームにつけられた記念すべき初代エンブレムがコレ↓↓

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引用元:http://football-uniform.seesaa.net/article/454651795.html

三浦知良さんがこのエンブレムを背負ってプレイしていましたね。

当時私は小さかったので覚えていませんが、三浦さんの時代を知っている方なら懐かしいと感じるかもですね(*´ω`*)

天武天皇や藤原成通が熊野で蹴鞠をしていたから

歴史の偉人で天武天皇藤原成通がいたのですが、彼らの共通点は旧型サッカーとも言える蹴鞠が得意だったそうです。

その蹴鞠の練習先として熊野でよく行っていたとか。

藤原成通は50回以上も熊野詣でをして蹴鞠上達を祈願し、熊野大神に「うしろまり」を披露して奉納されたとも聞きます。
それだけ蹴鞠を愛していた方がよく訪れた熊野。

そんな偉人が愛した熊野大社にあるヤタガラスをサッカー日本代表のシンボルとして使うようになったという説です。

こちらは中村覚之助の説より信憑性があまりないそうですが、蹴鞠も立派な日本文化。
サッカーとルールは違えど共通点は色々ありますし、こちらが本当の説だと言われても納得できます♪

今回のまとめ

ここまでお読みいただきありがとうございました。最後に日本代表のシンボルであるヤタガラスについてのまとめをどうぞ~。

ヤタガラスが使われた理由

・サッカー日本代表のシンボルとして何故ヤタガラスが使われたのかはハッキリわかっていない

・中村覚之助が日本にサッカーを広めた功績を称えて彼の出身地である和歌山県那智勝浦町の熊野大社にあるヤタガラスを使った説が有力である

・他にも蹴鞠の達人であった藤原成通や天武天皇がよく熊野で蹴鞠をしていたことからヤタガラスを使った説もある

 

 

補足情報

 

ここで補足を…。

日本サッカー協会の会長がワールドカップ出場前によく必勝祈願しているお寺がありますよね。

あのお寺はまさしく熊野大社で、大きな大会の前には必ず行うそうです。

サッカーファンの方は一度訪れてみてはいかがでしょうか?

 

 

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